ユニバーサルデザインとは
「Universal Design(UD:ユニバーサルデザイン)」という言葉をご存じの方も多いと思います。
「ユニバーサル」は「汎用・普遍的・一般的」という意味で、「ユニバーサルデザイン」は一言でいうと「全ての人に配慮した普遍性のあるデザイン」という意味です。
以前アメリカでは戦争や事故などで障害を負った人らのために「Barrier-free(バリアフリー)」、すなわち生活の障害を取り除くいう意味で用いられましたが、「バリアフリー」という言葉が差別を助長しかねないことなどから使われなくなりました。
「バリアフリー」という言葉は、日本では1990年代頃から使われるようになったのですが ・・・ 😥
一方北欧では、障害者も健常者も同じように生活できるような社会が普通だということで「ノーマライゼーション」とうい考え方が広まりました。
同じような考えで「Design for All(みんなのためのデザイン)」という概念があります。「ユニバーサルデザイン」との違いは、コンピュータやインターネットを使う際の「全ての人に配慮したデザイン」というところに力点があることです。
「Inclusive Design」という言葉もあります。「inclusive」は「みんなまとめて」という意味なので、「みんなのためのデザイン」のことです。
「ユニバーサルデザイン」がデザイン手法やデザインの結果に重点があるのに対し、「Inclusive Design」は、障害、性別、能力、国籍、言語、文化などの違いを超えた「みんな」に力点があります。
「No one will be left behind.」は「誰一人取り残さない」という意味で、先進国だけがデザインの恩恵に預かるのではなく、発展途上国のスラム街の1人まで、デザインの恩恵を受けるようにとの考えです。
「Accessibility(アクセシビリティ)」は、アクセスし易さのこと。操作しやすい、届きやすい、触りやすい、入手しやすい、利用しやすいなどを表します。
今さら ユニバーサル デザイン?
日本でユニバーサルデザインと言う言葉が広がりだしたのは2004-5年頃からですが、未だにその意味を正しく理解し使っている人は多くないと思います。
そして、ユニバーサルデザインという言葉が古くて絶滅危惧ワードであるかのように感じている人が多いのではないかと思います。
しかし、「ユニバーサルデザイン」は、デザインの常識と言っても過言ではないほど、プロダクトデザインにとっては重要なキーワードです。
ですから、今「ユニバーサルデザイン」なのです。
なにがUD(ユニバーサルデザイン)なのか
UDとは「使い易いデザイン」のことです。
「使い易いデザイン」は、当然と言えば当然ですよね。
ところが使い勝手の悪いものが多いのが現実です。
「バリアー !」ですね。このバリアを取り除くのがバリアフリー。
バリアのない使い易いモノづくりがUD。
駅のUDがよく取り上げらるので「駅のUD」でご説明したいと思います。
駅はいろいろな人が利用します。ご老人、小さな子供、車椅子に乗った方、みんなが利用しやすい駅だといいですよね。
そのために、階段の他にエスカレータ、エレベータをつけましょう、とういのがUDです。 誰にでも公平によいデザインを享受しようというものです。これをUDの「公平性」といいます。
でもそのエレベータ、ホーム階と改札階しかないのに、乗り込んで「ドア閉」のボタン押してドアが閉まっても動かない。「ホーム階」「改札階」どちらか今いるところじゃないところのボタンを押さないと動かない。着いたら「開」のボタンを押さないとドアが開かない。
ということだったら「もう少し何とかならないのかな😟」とつぶやきますよね。
乗り込んだらほどなくドアが自動で閉まり、閉まれば自動で昇降し、着いたら自動的にドアが開く。
何もしなくてもいい。ドアの開閉もセンサーがばっちりで、楽ちん。これがUDの「単純性/安全性/負担の少なさ」です。
「このエレベータは自動で動きます」と書いてあれば、さらに使い易いと感じます。わかり易ですね。これはUDの「明確さ」です。
エレベータの中で、車椅子もベビーカーも余裕で回転できるスペースがあるとなおいいですね。これはUDの「空間確保」と言われるものです。
駅のUDはわかっても、プロダクトのUDには結びつきにくいですね。
プロダクトのUDと、なぜUDがプロダクトデザインにとても有効なのでしょう?
「ユニバーサルデザイン:UD」という言葉、実はその言葉自体が日本ではUDでないように思います。だからUDがわかりづらいのかもしれません。
もともとは、車椅子ユーザーだったアメリカのロナルド・L・メイス教授が提唱したデザイン手法で、7つの文で定義されたものですから「7原則」と呼ばれたりします。
「ユニバーサル」の意味が日本語では「一般的・普遍的」などと訳されています。
「7原則」は以下のようなもの
公平性:誰でも使える、入手できる
自由度:柔軟に使える、選べる
単純性:シンプルで簡単に使える
情報性:使い方などがわかりやすい
安全性:安全・安心に使える
省体力:楽に使える
空間性:使うときの適当な広さがある
そこで混乱が ・・・・
「公平にみんなが使えて、一般的で、普遍的で、自由に簡単に楽に使えて、わかりやすく、広い場所が確保される」
お化けみたいな製品になりそうです。
誰でも使える? そんなのできる?
単純、わかりやすい、楽に使える ・・・ どう違うの??
安全 ・・・ 当たり前なのでは。
いろいろ選べて、広いところで使えるなら そりゃいいでしょう 😄
よくわからない?
う~~~ん
となってしまって、
いろいろな団体や企業・自治体がサイトで説明したり、本が出版されたりしています。
何となくわかったけれど、自分のデザインにどう活かすのかよくわからない。
そのうち、頭からUDが消えてしまう
というのが現実なのかもしれません ・・・ ・・ ・
なぜUDなのか
日本語は、省略や単純化がよく行われる言語のようで、それはそれで使い勝手が良い反面、元の意味を伝えていなかったり、意味が変わっていたりすることも多く「よくわからない?」となってしまいます。
そこで、UDの原則に戻って考えたいと思います。
なにしろ、「UDは、あらゆる製品に適用できて、マイノリティだけでなく全ての人にアクセスしやすく便利な環境を作り出す Goog Design だ」といっているのですから、市場も大きく、儲かること間違いなしです。
UDとは「年齢、体格、能力、障害の有無にかかわらず、すべての人が可能な限りアクセス、理解、使用できるように環境を設計し構成すること」
(ノースカロライナ州立大学 UDC/米国アクセス委員会 他)
全ての人というのは、車椅子を使う方、お年寄りや 、子供、インバウンドの方、海外の方、病気の方々もです。市場として大きいわけです。
「アクセス、理解、使用」、ここは3つに分けられていますが、要は「簡単に使えて」という意味です。
「アクセス」は例えば、車椅子でも使用するモノに近づけて操作できること。老眼で老眼鏡が見つからなくても使えること。
「理解」は例えば、子供でもそれが何するものか分かって使えたり、危険かどうか分かったりすること。インバウンドの方がシャワートイレを使えること。
「使用」は、使えること、サービスの提供を受けること、その空間に快適に居られることなども含みます。
「可能な限り」、ここが「全ての人」の言葉で消えてしまって、全部が全部、全ての人にととらえられて、「そんなこと無理 」と思われる原因となっています。可能でなければ、可能な範囲でということで、無理しなくていいのです。
そりゃ、Goog Design デザイン間違い無しですよね。
日本のグッドデザイン(Gマーク)は、受賞すると売れないというジンクスがありますが、優れたUD商品は売れるの間違いなしです よね ?
Gマークのジンクスは、売れなかったGマーク受賞製品をデザインした人が、悔し紛れに発する言葉なので気にしない方がいいと思います。
プロモーションがうまくいっていなかったり、他社競合製品が台頭してきて売れないものもありますが、Gマークを受賞したからと言って本当に Goog Design であるかどうかはまた少し別問題だと思います。
見た目や機能が優れていてもそれ以上に高価であるとか、ユーザーニーズとデザインが合っていなかったりなど、それらは Goog Design とは言えないのですから。
UDの7原則
原則1 【公平性】公平な使用 原則1 【公平性】公平な使用
原則1 ガイドライン
1a.それを使用する全ての人が、できるだけ同じ使い方になるように、それができなければ同じような使い方ができるように。
1b.使用者が恥ずかしく思ったりしないように。またうまく使用できない人を特別扱いして他の人と分けるようなことはしない。
1c.プライバシー、セキュリティ、安全性などは全ての人に同じように平等に確保されていなければなりません。
1d.色柄形の外観デザインは、魅力的で使用する人が使って嬉しくなるようにします。